「セックスレス」夫婦であっても「浮気・不倫」は楽しいものだしロマンスがある憧れチャンスがあれば間違いなく男女の区別なく逃さない。浮気性の恋人や夫をどうあやせばいいのか、恋人の「浮気・不倫」疑惑が浮上したときはどうしたらいいか、恐るべき夫の言い訳の”ただのお友だち”をどう撃退するか?

(4)年上男性との恋とセックス

本表紙 香山リカ著から

二〇歳の娘が二〇歳年上の男と交際しているのを心配する母親

 ただ考えてみれば、二〇歳、二五歳差の男女が交際したり結婚したりするのは、男性が年上の場合は、これまで当たり前にあったことだ。ではこの場合は、お互いはどんな心理状態で、またセックスの関係はどうなっているのだろうか。

 最近になっても時々、「娘が年上の男性と交際しているのが心配」という悩みで診察室を訪れる親たちがいる。そういう場合、その娘というのはたいてい高校生か大学生くらいの年齢で、「年上の男性」というのは三〇代か四〇代だ。相談に来る親たちは、その男性と同じ年代少し上。ある母親は、抑えきれないような口調でこう語った。

「娘も大学生になって『バイトもしたい』と言うので、ちょっと心配だったけれど行かせることにしたんですよ。そうしたら、四一歳の店長が娘に目を付けたみたいで‥‥。娘には免疫がないもので、たちまち夢中になっちゃって、朝帰りまでするようになったんです。

 夫ももちろん激怒しましてね、『経営者に文句を言ってやる!』と私といっしょにその店に乗り込みました。そうしたら、その男は『仕事中ですので。まあ、今日はここでお食事でもなさって行ってくださいよ』なんてバカにしたような口調で言って‥‥。

 娘に『今日、パパとママはあの男に恥をかかされた』と言ったのですが、『ママたちが悪い』と向こうの肩を持つんです。純粋な子なんです、すっかりダマされているんです。どうすればあの子を目覚めさせることができるのでしょう。」

「不倫なんですか?」ときくと、「いえ、どうも離婚歴があるみたいですが、今は独身です」と言う、「ダマされているということですが、お金を貢いだりしているのですか ?」ときくと、「それもないと思うんですが」と言う。「じゃ、娘さんは大学に行かなくなったんですね」とさらに聞くと、「いえ、娘は意地っ張りなところがあるので、これまで以上に出席はしているみたいです」との答え。私はこの母親が、娘の恋愛に関して具体的には、いったい何を心配しているのか、わからなくなってしまったので、素直に、尋ねてみることにしました。

「すいませんが、お母様はお嬢さんがこの先、どうなる事を心配なさっているのでしょう。結婚したいと言い出すんじゃないか、失礼ですが妊娠でもしたら、というご心配ですか。」

 すると、その母親はしばらく考えたあと、おもむろに「まあ、もちろん妊娠や性病は心配ですけど。いえ、でもそんなことじゃなくて、とにかくウチの娘が、二〇歳以上年上の中年男と付き合っている、というその事実そのものが許せないんです。先生、不潔だと思いませんか?」と言ったのだ。

 彼女が待ち時間に書いた問診表によると、自分と夫には七歳の年齢差があるようだ。結婚した年齢は「二五歳」と書かれているから、彼女が「免疫がなくてダマされている」というその娘とは五歳くらいの差しかない。

 自分は少なくとも、二五歳のときには七歳年上の男性とセックスもしていたはずなのに、二〇歳の娘が四〇歳の男性と交際するのは許せないのか。では、彼女の中では、いったい何歳と何歳なら「恋愛セックスも許可」ということになるのだろうか。

「娘の幸せを願っている」と言う母親の心の中

「娘の事で相談したい」と診察室を訪れる母親たちの中には、しばしば娘本人ではなくて、その恋人や婚約者、夫への不信、不満を語る人がいる。

「娘が結婚したい、と離婚歴のある男性を連れてきたんです。私も夫も娘の意思は尊重しようと考えているものですから、結婚を認め、その男性を家族として受け入れようとしました。でも、その方は飲食店の経営者で社会経験もいろいろあるせいか、なんとなく私を軽く見ているように思うんですよ。クリスマスにハデな色のスカーフを”これ、お母さんに似合うと思って”とくれたりして‥‥。ふつう、お嫁さんの母親にまるで若い娘がするようなスカーフを贈るでしょうか? ちゃんとした人だったら、家族で使えるようなもっと無難なものをくれるはずでしょう? こんな非常識な人と結婚して娘が幸せになれるか、と考えたらもう眠れなくて‥‥」

 婿が持ってくるプレゼントとして何が適当か、などと聞かれても何とも答えようがなく困ってしまったのだが、娘の年上の恋人や夫は、自分を母親としてではなくてひとりの女性として、つまり恋愛やセックスの対象として見ているのではないか、という漠然とした不安を彼女たちは感じたのではないだろうか。
これまでも述べたように、多くの主婦たちは夫から「ひとりの女性」として見られることがなくなり、人間としての自信さえ失いつつある。そんな中で自分を妻、母といった役割ではなく、ひとりの人間、女性として見て扱ってくれる他者の出現は、本来であればうれしいものであるはずだ。

 とはいえ、その他者はよりによって娘の婚約者であるので、もちろんそこに恋愛感情はなくても、母親としては戸惑いを感じることになる。そして、その複雑な感情から目をそらすために、「相手の男性が失礼だから、怒っているだけなのだ」とすり替えているのだ。しかも多くの場合は、「怒るのは自分のためではなく、娘の幸せのため」というすり替えさえ行っている。

 先に述べたような相談をしに診察室にまでやってくる人には、「あなたは心の病ではないから、ここで継続的に治療する必要はないと思うのですが」と告げたあとで、こう尋ねてみる。
「まず気持ちを整理し、あなたの中で優先順位をつけてはどうでしよう。あなたの中でいま、いちばん重要だと思っていることは何ですか?」

 すると多くの人は、「もちろん娘が幸せになることです」と即答する。
「では、いま娘さんは幸せとは言えないのですか? 娘さんもあなたといっしょになって、婚約者が失礼な男だと怒っているのでしょうか?」
 この問いかけには、口ごもってしまう人も多い。
「それが娘は恋人のことがとても気に入ってるみたいで、特に怒ったりは‥‥」
 この時点で、「娘が幸せであればいい」という言葉は一種の方便で、いま問題なのは「自分がどう思うか」だということが、はっきりする。それからの反応は、ふたつに分かれる。

 まず、「そうでした。私から見ると相手にはちょっと疑問があるけれど、娘はいま幸せなわけですよね。だとしたら問題はないわけですよね、これは私じゃなくて娘の結婚なのですから」と気づく人がいる。娘の恋人が自分を人間としてどう見て、どう扱うか、ということに、これほど動揺や不安を感じていたことじたい、間違っていたのだ、と洞察ができるわけだ。もちろんそのときはその気づきや洞察をおおいに支持し、受診は一回でめでたく終了となる。

「夫からひとりの女性として見てもらえない」不満

 しかし、別の方向に問題が発覚する場合もある。「娘はあんな相手でもたしかに幸せかもしれない。だとしたら、ここでこんな自分が怒りを感じるのはなぜだろう?」と自分の内面に目が向き始める人も少なくない。「いくら私にとってちょっと理解できなくても、あの男性は娘の相手なんだから、これ以上、気にしても仕方がない。それに娘があの人でいい、と言っているのだから、親がその人格にあれこれ言うのもおかしな話だし」と思う事で自分を納得させることができないのだ。

 このときは本格的なカウンセリングが必要と考えて、クリニックにいるカウンセラーを紹介することにしている。おそらくカウンセリングのなかでは、「夫からひとりの女性として見てもらえない」といった話も出てくるだろう。

 あるいはその深層心理には、ひとりの大人の男性からきちんと愛されている娘への嫉妬にも似た感情が潜んでいるのかもしれない。娘の恋人が娘とあまり変わらない年齢である場合は、その男性があくまで娘の恋愛対象であり、自然に”娘婿”あるいは”息子のきょうだい”としてみることができる。しかし、もし彼が自分の恋愛対象であってもおかしくないくらい、娘より年長だった場合はどうだろう。そうなる可能性を願っているわけではないとしても、母親の中に「なぜ、この男は私でなくて、まだまだ未熟な娘を選んだのだろう?」という気持ちが芽生えることもあるのではないか。

 そこまではっきりしていなくても、たとえば母親が四五歳、娘が二〇歳、その恋人の男性が三五歳だったりした場合は、無意識のうちに「もし自分がこれくらいの男と恋愛をしたとしたら」という想像が生まれてしまいやすい。娘の恋人が二〇歳や二二歳なら男性としては「関心外」ということになるが、三五歳となるとそうではないからだ。すると、恋人からお姫様のように扱われているわが娘が突然、女性としてのライバルとして意識されることになる。

「まだ学生なのに、ひと回り以上、年の離れた男性との交際なんて許せない。ましてやスキーに行くから泊りがけで出かけたい、なんて不潔です。相手も大人なんだから、もっと常識を考えてくれてもいいはずなのに」といきり立つ母親の心の中には、大人の男性から一人前の女性として扱われる娘を許せない、という気持ちもありそうだ。

 実際に年上の男性から愛され、結婚に至った女性の中には、「大人から認められた」という自信から、実年齢以上に落ち着き、堂々と振舞うようになる人も少なくない。二〇〇七年暮れには、二〇歳の香椎由宇さんが一一歳年上の俳優オダギリジョーさんと電撃結婚して話題を呼んだが、記者会見では汗をふきふき緊張しているオダギリさんの横で、余裕の笑みを浮かべる香椎さんの落ち着きが目立った。また、すぐあとには女優の松たか子さんが一六歳年上のギタリストとの結婚を発表。年が明けてからNHKの番組でインタビューに応じた松さんは、「お父様はびっくりしていらっしゃいました?」といった質問に、「まー、いきなり結婚の報告だなんて、とは言われましたけれどね。だとしたらお付き合い始めました、ってその時点であいさつに行けばよかったのか、と」などとこれも余裕を見せながら堂々と語っていた。

 一般には、「年上の男性と結婚する女性は、相手に頼って依存的になる」と言われるが、実際には彼女たちのように一気に大人としての自信を深めるケースも多いのではないだろうか。そして親、とくに母親としては、昨日まで「まだまだ子どもだ。大人の女性である私に比べれば未熟そのもの」と思っていた娘が、ある日、突然、自分とあまり年齢の変わらない男性に愛されていることを告白し、これからは彼がいる大人の世界、つまり親たちと同じフィールドで生きていくと言われるのは、大きなショックなのではないだろうか。
ショックだ。
 しかも、そのとき自分自身もしっかり大人の世界で夫などとのパートナーやその他の人たちと向き合いながら生きているならまだよいが、「私は誰からも認められていない」という不安を抱きつつ、まだまだ手がかかると思っていた子どもたちの世話だけが唯一の自分の存在理由だとしていた女性たちにとって、「もう明日からあんたの庇護はいらないか」と告げられるのは相当なショックだ。そこで、「おめでとう。これからは私もあなたもパートナーのいる大人の女性として、楽しく付き合っていきましょうね」などと冷静に言える人は、まずいないに違いない。

 娘が年上男性とセックスも含めた恋愛をし、結婚することが、どうしても許せない。そう考える母親たちの中には、このように複雑な心模様が存在しているのだ。彼女たちに「まあ、予想とは違う相手だったけれど、娘が幸せになれるのならそれでもいいじゃないか。これからは子どもも手が離れることだし、ふたりで趣味を楽しんだり旅行に出かけたりしようじゃないか」などと優しく囁くことのできる夫がほとんどいないことが、ここでも大きな問題なのは言うまでもない。

つづく 第4章 性と恋愛と 心の悩み 分析編